「三国志はなぜに『史』ではなく『志』であるのか」と中国人の塾生に問うたことがある。

彼いわく「先生、あれはね、正確な歴史の話というより、少しマンガ的なっていう意味で面白ろおかしく書いてある部分が多いんだよ。日本語で正確に言うのは難しいけど『志』にはそういう意味があるんだ」と教えてもらった。中国でも「三国志」は人気があるらしく、また彼も大好きだというのでそれからいろいろと語り合った。また、恐れ多くも「先生、なかなかいい質問だったね」というお誉めの言葉も頂戴し、非常に有意義な時間だったことが胸に刻まれている。彼とのひと時はこれからも忘れないであろう。

小学生の頃に吉川英治氏の全8巻を読破したのは自信になった。それから陳舜臣氏の「秘本三国志」、モーニングに連載された「蒼天航路」、さらには北方謙三氏の著作など、振り返れば三国志との付き合いは長い。ゲームも各種あるようだ。きっと皆さんも三国志との触れ合いは思い出の中、あるいは現在進行形として何らかの形であるのではないだろうか。

 

さて、そんな三国志の許靖伝にこんな一文がある。

「意の存する所は、すなわち禍福となる。」(意之所存、便為禍福)

ご存知の方もいらっしゃるだろうし、「禍福」という語から「禍福はあざなえる縄のごとし」といった有名な格言を連想される方もいらっしゃるであろう。

 

人生、自分の思うようにはなかなかいかないものだ。

むしろ、納得のいかないことのほうが圧倒的に多いのは、至極当然であり、ふとすれば、なぜに我だけがこのように不運の連続なのか、と嘆くわけだが、それは誰もが同じこと。

決して不運だけが津波のように襲い来るわけではなく、そこはまさに「禍福はあざなえる縄」であるから、じっと我慢することも幸福を呼び込む手段の一つともいえる。

あるいは、我慢なんぞ性に合わん、という方にとっては、次なる難関に立ち向かう勇気の源ともいえる。

さらに人生を達観すれば「人生万事塞翁が馬」であるわけであるから、禍も福も、それはつまり表裏一体。私は、人生はすべてプラスマイナスゼロだと信じて疑わない。

 

さて、例によって例のごとく前置きが長くて恐縮だが、そこでようやく前述の「意の存する所は、すなわち禍福となる」となるわけであり、また今ブログの主題へとつながる。

この文意については、おそらく多くの方は私と同じように「幸福も不幸も、すべては気持ちの持ち次第だ」と解釈するのではないだろうか。

 

しかし、実はそうではない。

 

これは、後漢の許靖が魏の曹操に送った書の一文であって、前文から記すと、

「足下、爵髙の任に拠り、責重の地に当たる。言、口より出でて即ち賞罰となる。意の存する所は、すなわち禍福となる」とある。

だとすれば、これはまったく違う意味であり、それでいながら私にとっては新しい息吹を心に与えてくれた言葉となったのである。

この文の意味は「責任ある人の言葉によって、まわりの人は幸福にも不幸にもなってしまう」ということなのであって、4人の子供たちを見守る親として、まさに頭をガーンと殴られたような衝撃を受けた。

 

ちっちゃな塾を経営する身であるから、大規模な企業・組織に属する方々と違い、その点での責任などこれっぽっちもない。

しかし、一家を支える親としては、まさにすべての重責を担っているわけである。その任を果たせているかどうかはわからない。しかし、果たさねばならぬという気概だけは常に持ち続けているつもりだ。我が身の幸福よりも、子や妻そして年老いた両親を想い、その責任を果たすことが先。神はこの世を創り給うからこそ神であるならば、子にとって親は神ともいえる。

その神が、暗く辛い顔をしていては、一家に光なんぞ差し込むわけがない。

 

実際の生活の厳しさがどうであれ、家長の表情、しぐさ、言葉、その一つ一つによって家族は幸福にも不幸にも「感じる」のであるならば、神として「幸福を創造しなければならない」のである。それを深く心に刻み込むことこそが、大人として、親としての幸福論なのではないだろうか。

明日もまた、厳しい現実が目の前に立ちふさがる。

けれども、子供達の前では、明るく、元気に振舞おうと思う。