②「役に立たないものこそ最高だ!」

 

役に立つのかという問いの裏側には「役に立たないならやらないよ」という主張がある。

なるほど、非常に効率的な人生を歩もうとしているわけだ。ということは、勉強「以外」のことでも、実用的で役にたつことは率先して行い、役に立たないことはやっていないということになる。

しかし、人間、そんなに実用的で良い結果がでることばかりしているわけではない。いまこうしてPCに向かってキーボードをたたいている自分の姿を鏡で見たとすると、例えばネクタイなんぞしているが、これは実際どんな実用性があるというのか。ビジネス上において相手方に与える印象という抽象的なものではなくて、そもそもなんのために世の男性はこんなものを首からぶら下げているのだろうか。

ファッション系でいえばもっといろいろあるが、地雷を踏む可能性があるのであえて実例は挙げないが「それは何のためにしているの?」と思う格好の方は世間にいっぱいいらっしゃる。

がしかし、その訳がわからんものが楽しい。よくわからんファッションであっても、本人にとっては最高なのである。

もっとわかりやすい例は食べ物。実用性とか効果とかを考えれば、生命を維持するためだけの食事でいいわけだ。しかし、そんな食事のどこが楽しいというのか。

油ぎっとぎとの、いかにも体に悪そうなものが、これがまた最高に美味いのであ~る。

お酒だって、少量は体にいいらしいが、体にいいから飲む酒なんて少なくとも私にとってはちっともおいしくない。

世の中、役に立たないものばかりだ。

映画だって、マンガだって、音楽だって、別になくても生きていける。趣味といわれるものはすべてそういうものかもしれない。あるいは音楽を例にとると、歌でも楽器でも、楽譜のまんま旋律の通りに表現することも大切だが、ちょっとアレンジしてみたり、カラオケで合いの手を入れてみたり、替え歌作ってみたりするのが、これがまた楽しいし、味が出る。余計なものとか意味があるのかよくわからないもの、そういうものが最高なのである。

勉強も最初はつまらないと思う人が大半だろうが、自力で解けるようになったり、科目と科目が結びついてより深い意味を知ったり、知識で知った部分と経験で感じた部分とが一致したりすると、これは感動ものだ。私は、誰もが一度は「勉強って楽しいじゃん」と思う瞬間があると思う。

効果的、実用的、そんなものばかり追い求めても息がつまるだけだ。なんのしがみがないものだからこそ、深く静かに自分の思うままに没頭できる。

がしかし、ここで思う。裏を返せば、学生にとって勉強は必要不可欠なものであるからこそ、無意識のうちあるいは実はそれをしっかり理解していて、皆は息がつまっているのかもしれないと。

つまり、それは勉強が人生にとって役に立つ、ということの証拠ではないだろうかと思う。

 

つづく。