③「役に立たないからというのは説得力に乏しい」

あらかじめ申し添えておくが、今回は少し嫌味ったらしい。というのも、

「勉強なんて役に立たないから覚える必要がない」

「将来に直接関係ないからできなくてもいい」

「実際のためにならないから別にやんなくてもいいじゃん」

この「から」に違和感を感じるからだ。覚えていないのも、やらないのも、すべては「役に立たないから」というわけだ。そこに、できないこと、やらないことの言い訳を感じるのがみっともない。ではその逆のことを自問自答してほしい。

役に立つなら完璧に覚え、習得しているだろうか。将来に関係することならなりふり構わず努力しているだろうか。

もっといじわるな言い方をすれば、今まで習ったことで役に立つことはすべて覚えているか。将来に関係していることは全部できているか。実際のためになることは常にやっているだろうか。

「もちろんすべて完璧」なんていう人はごくごく一部の優秀なお方だけであって、たいていの、私のような凡人にはそれは無理。つまり、「役に立たないから」というのは言い訳にすぎないわけだ。役に立たないからやらない、というのはもっともらしく聞こえるが、実はその行動において破綻しているので説得力もなにもない。よって、あまり胸をはって言う言葉ではない。

補足だが、似たような言葉に「習っていないからできない」とか「教えてもらっていないからわからない」というのもある。これも同様に意地悪な言い方をすれば「じゃあ習ったことならすべてできるんだな」「では教えてもらったことは完璧なんですね」ということになる。

確かに小学校低学年であればそれも仕方ない。しかし、ある程度まできたら少々恥ずかしい言葉になってくるから、その発言は控えたほうがよろしい。

入試の世界でもそれらが通用しなくなってきている。今までは超難問といわれる問題であっても、その傾向と対策によって対応できてきた。よって、一直線にガリガリに受験勉強をしてきた子が有利だった。ところが、入試問題が変わりつつある。「今まで習ったことのないような、見たこともないような課題や話題に接した時にどのように対応するか」という問題が多くなってきた。習っていないようなことでも、今までの知識と経験からなんとか対応してみせる、という姿勢が大切なのだ。たとえそれが正解ではないとしても、だ。

適性検査や特色検査はもちろんのこと、私達は入試の在り方そのものが大きな変化をしつつある時代の真っただ中にいる。

これからの人生で直面する問題の多く(いやすべてといってもいいかもしれない)が、今まで習ったことがない。人生、教えてもらってないことばかりだ。しかも、それらに正解があるのかというと、ないようであるような、あるようでないような、そんなものばかり。誰にも教えられていないことを、自力で突破していかなくてはならない。あるいは、誰かの力を借りともに突破していく力。そして、これからはその力がより求められているのだ。

いずれにせよ、自分ができないことを他の何かのせいにするのはもうやめよう。

できるようになるのも、ならないのも、すべては自分自身次第である。

 

つづく。